今回は平塚市在住の大木様邸にお邪魔しまして、お話しを伺いました。
弊社では年に2回ほどお庭の手入れに入らせて頂いております。
大木様は某有名鉄道の社長会長を勤められた大御所様です。
今回このイベントに際し、このような方とじっくりと二人きりでお話しできるというのは、平時ではとてもありえない事であり、大変貴重な時間となりました。人生とは不思議なものだとつくづく感じます。
ご自宅は平塚市街中心地ありますが、周辺市街地からは想像が出来ない こんな大きな木があるのかと不思議に思う場所です。そこにあるのは大きなクスノキと2階よりもさらに上に広がる大きなサクラが訪れる人を迎えてくれます。
その桜の下には祠がありますが、その土台となる大谷石は何となくピンクから肌色のような色がついています。
この場所は、戦時中の大空襲で焼け野原になった場所です。その事実がこの石の色として今私たちに訴えかけます。
日本は戦争をしていた国だったのですね。つい平和な日常を送っていると、そんな事実を忘れてしまいます。今このコロナ禍にあり、非日常の生活を送っていると、当たり前の生活がいかに幸せかを感じますね。戦時に生きた先人たちはどのような気持ちでその時代を生きていたのだろう。そんな気持ちにさせてくれます。クスノキは戦後平塚市に緑を普及させようと市内に配給がなされたそうです。大木様のお庭にあるクスノキはその苗が育ったものです。大きく育ったそのクスを見ると歴史を感じずにはいられません。傍らに育っているみかんはご主人が少年のころ、ミカンを食べた際にお庭の片隅に飛ばした種が育ったものだそうです。一部幹は朽ちましたが80余年の歴史を見てきたミカンです。残った幹はいまだ元気に育っています。植物はたくましいですね。
戦時の学徒動員のお話しやその後の人生のお話しも沢山伺いました。さながらタイムスリップをしてその時代に身を置いている気分になりました。大変な時代の中にありながら必死に生きたご主人やその時代に生きた人たちの映像を目のあたりにしたような不思議な時間を過ごさせて頂きました。今でも歴史を物語るいろいろな場所がある事などもお聞きしました。
戦後の必死に生きた方々の努力の上に、今僕らは平和な日々を過ごさせて頂いている。
感謝しなければなりませんね。一時は焼け野原になり何もなくなった平塚も今は緑豊かで穏やかな都市になりました。
私たちはこの地域をさらに花や緑の恵みに満ちた潤いのある美しい都市にしていかなければならない。そういった使命をもってこれからもお庭や花の普及活動をしていきたいと思います。
この度は貴重なお話しを伺う機会を頂きました大木様、本当にありがとうございました。
新たな意欲と使命を与えて頂きました事に本当に感謝いたします。
今後も変わらぬご愛顧をお願い申し上げます。